2013-09-09
柿本
夏のある日、かき氷を食べに、ひとりファミリーレストランにしけこんだ。
子供の夏休み活動にいろいろ付き合っていて、そこにおいしいかき氷があることを覚えていたのだ。
客はあまり、いない。見渡すと少し離れたところに5~6人の奥様グループがある。
聞きたくはないが、なにせ声が大きいので会話の内容が聞こえてくる。
どうやら英会話教室のお仲間らしい。
仲間の一人が転勤でグループをやめ、それを機に、長らく続いた英会話レッスンそのものを、グループごと辞めてしまおうという相談のようだ
(繰り返すが、聞いていたわけではない。聞こえてくるのだ)。
グループの長と思しき、年配の奥様が英会話教室の事務局に電話している。
電話の向こうはきっと、年のころ20代なかばの帰国子女、英語が少し得意なロングヘア―の美人だ。
「これまでね、15年近くどうもありがとうございました。
(かくかくしかじか)そういうわけで、私たち、もう十分お勉強させていただきましたの。
スコット先生には、あなたのほうからよろしくお伝えいただけないかしら。
いえ、直接話してしまうと断りきれないというか。だからよろしくね」
15年も教えてもらって、サヨナラの一言もなしにお別れですか。
そりゃないよ、あんまりだ、せめて挨拶ぐらいしてはどうか。と心の中でツッコミを入れたくなるような展開。
美人事務員はきっと困っている。
たった一本の電話で会員の大量退会を許していては経営的にも問題があるだろうし、スコット先生にも不義理だ。退会をめぐる会話は続く。
「え、なんですって?退会するには1か月前に申し出ないといけない?
いえ、私たちはもう明日のレッスンから行く気はないんです。
え?入会のときに規約にそう書いてあったですって?」
どうやら、事務員は入会のときにかわす規約を持ち出したようだ。
いいぞ。
無理をいう顧客には法的な手段で対抗だ。
若い美人が少しだけカウンターパンチを繰り出した。
でも、奥様連合はそんなことで負けはしない。
「私たちはそんなの、知りませんっ!」
ぐぬぬ・・・。知らぬ、存ぜぬ、周知させぬお主が悪い、とな。
「とにかく私たちの気持ちは変わりません。スコット先生によろしく。ガチャ」
あああ、それでいいのか日本人。
奥様方の英会話、たしかに優雅だ。
仲良しグループで受けるレッスンはさぞ楽しかったことだろう。
英語も多少上手になれば「もうけもん」。
楽しい時間を与えてくれたスコット先生とのお別れがそんな感じでいいのですか?
先生には生活がかかっていたかもしれないのに・・・。
私がなんともいえない溜息を心の中でついていると、リーダーに電話がかかってきた。
なんと!スコット先生からの直電だ。
「もしもし、あら、ミスター・スコット?」
さあ、ここから話のクライマックスである。
直接話すと、アメリカ的(国籍推測)押しの強さに負けずるずると英会話教室を続けてしまうことを恐れた奥様軍団が、気の弱い美人事務員に
電話一本でグループ退会の意思を伝えた大量脱会騒動だったわけだが、とうとう、リーダーにスコット本人から電話がかかってきた!
大和撫子は押しの強さに負けて教室存続を許してしまうのか?!
・・・!
コトの経過を詳しくかけない自分がまことに不甲斐ない。
スコットからの電話に対してリーダーは、“みごとなまでに流暢な英語で、それまでの感謝の念とハッキリとした退会の意思表示、それがグループ全員の総意であること”を伝えたのだ!
会話内容そのものは何せ英語なので覚えていないし、書けないが、それは大きなハッキリした声で、論理的で、自分の主張を正確に伝える見事な英語だった。
ときどき「わかりましたね?」という意味だろうか、「OK?」と繰り返し念を押していたのも印象的だった。
15年の英語レッスンは、彼女たちを、押しが強い強い、世界に通用する、なでしこ JAPAN に育て上げていたのだ。
私は人情として、スクールとスコットを応援していたわけだが、あの見事な英語を聞いて考えが変わった。
「英語も15年やればモノになる。奥様方は十分、英語お上手でした。
うん。もう辞めていいよ! 卒業おめでとう!」