スタコラ:2012-01-16

クレイジーなほどの…

2012-01-16
森本

使わなくなったコンピュータがあります。電源さえも入れなくなって何年も経つのに、処分する気になれません。
そのマウスはキーボードにつながっており、キーボードはモニタにつながっており、モニタは本体につながっています。 マウス、キーボード、モニタ、本体のそれぞれの間は、黒い1本のケーブルでだけつながっています(モニタの電源ケーブルなんてありません)。
「なんとカッコイイ設計だろう」
私も周りの同僚も驚くと同時に、うっとりとした気分に浸りました。
そしてその中で動作するソフトウェアの美しいことといったら、これがパソコンの未来形というよりも、自分達が知っている、日々使っているものとはまるで別次元の創造物のように思えました。
当時勤めていた電子機器メーカーの社長に感想を求められ、興奮しながらこう答えました。
「このコンピュータを作った人達の熱い情熱みたいなものを感じる」
ハードがどう、ソフトがどうではなく、全体のデザインやコンセプト、ねじ部品の1本に渡るまで、それらの設計製作に関わった技術者全員の意気込みに圧倒されました。
こんなモノを作りたい、というだけでなく、こんなモノを作った奴らと同じくらい幸せな気分に浸りたいと思いました。 どんな人がこれを作ったのか、当時は知りませんでしたが、その技術者達の幸福感や達成感は想像できたのです。
20年前の話です。
この時に感じた思いは、ずっと持ち続けてきたように思います。
生意気な若造だった頃からの思いが、もしかすると自分の根っこなのかもしれません。

昨年、スティーブ・ジョブズが亡くなりました。
いろんなメディアが彼の功績を取り上げ、多くの特集が組まれたので、これまで以上に彼のことを知った方も多いことでしょう。
あらためて自分の書棚を見てみると、彼に関連した書籍の多いことに気づきました。 彼自身の名前を冠した本だけでなく、彼を主人公としたアップル社関連の本がたくさんあります。
彼は、何度も読み物になるほど、興味深い人だったわけです。

自分で興した会社を、自分でヘッドハンティングしてきた社長に追い出された頃は、彼は過去の人、という扱いでした。
ピクサー社がトイ・ストーリーの大ヒットを出した後では、PC界を去った人物がハリウッドで大成功、これは奇跡だ!なんて感じでした。
アップル社に呼び戻されてから行ったある改革のせいで、私の友人が転職を余儀なくされました。 この頃の記事には「思いつきを口にし、スグに社員の首を切る独裁者」「技術なんて一つも持ち合わせていないはったり野郎」なんてものもあります。
iMacの発表日(日本時間では翌日)、職場ではそのニュースで持ちきりでした。
以降はご存知のように、iPodiTunesiPhoneiPadとヒット作の連発で、あまりネガティブな記事を目にすることはありません。
資産価値世界一の会社にしてしまった功績の前には、誰も何も言えなくなったようです。

アップル社に復帰して、彼が最初に行ったキャンペーンは「Think different」でした。
「他人と違おとったっちゃ、よかろうもん」
常識や慣習にとらわれることなく、それまでとは違う考えで、世界を変えていった人々を「クレイジーな人たち」として賞賛する内容でした。
アインシュタイン、ボブディラン、ジョンレノン、エジソン、ピカソ、キング牧師、ヒッチコック、ガンジー、…。
まだ、何の新商品も発表されていませんでしたが、コマーシャルのあまりのカッコ良さに驚き、きっと何かをやってくれるんだろうなと期待したのを覚えています。
クレイジーな人たちとして一番ふさわしいのは、ジョブズなのは間違いありません。

私が今も処分できない、20年前に興奮させられたコンピュータは商業的に成功することなく開発が中止されました。
ジョブズの下、このコンピュータの設計に携わった若い技術者達の何人かが、現在、アップル社の副社長に名を連ねています。
その技術者達を束ねていたリーダーシップとはとてつもなく凄まじいものだったのだろうなぁ、と思います。

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