2026-10-26
大隈信夫
ボブさん。
こんなに早く、君にお別れの言葉を述べなければならないとは、思ってもみませんでした。
10 月 8 日の夜、59 歳という若さで、突然逝ってしまった君。今もまだ、信じられない思いでいっぱいです。
ボブさん、君とは、およそ 30 年間、仕事を共にしてみましたね。
なかでも、自治体職員採用試験の支援事業は、私たちが長年取り組んできた大切な仕事でした。
君は、面接官研修の講師として面接官の力量を高め、個別面接や集団面接、集団討論では、主質問者や評価者として重要な役割を担ってくれました。作文試験の課題文やグループワークのテーマづくりにも、知恵を出してくれましたね。
自治体がよりよい人材を迎えられるよう、君が果たしてくれた役割と責任の大きさを、私は忘れません。
私は、長年自分が担ってきた仕事を、これからは君に引き継いでもらいたいと考え、その準備を進めていました。君も、その思いを受け止めてくれていたのではないかと思っています。
ところがそんな話をするたびに、気は年齢を重ねた私に、「まだ、まだ、やれます」と励ましてくれましたね。
そして若い世代の感覚や時代の変化を踏まえた新しい提案をしては、自ら実現に向けて動いてくれました。
君に仕事を託したいと思う私と、まだまだ一緒に仕事をしようと励ましてくれる君。今思えば、それが私たちの関係だったのかもしれません。
ボブさん。
君は、福岡市の船津制作でも、情報技術に関わる仕事に力を注いでいましたね。
新しい技術への関心は尽きることがなく、私が AI を仕事に活用するための指示書を作ってくれたのも君でした。今、私が「佐藤君」と呼んでいる AI にも、君の発想と工夫が生きています。
そして、ボブさん。君は本当に音楽が好きでしたね。
ギターを弾き、ドラムをたたき、ピアノやエレクトーンも演奏する。
ライブハウス「金太郎ギター」では、マスターや音楽仲間とのつながりを大切にし、周年行事にも力を尽くしていましたね。
仕事の行き帰り、新鳥栖駅や道の駅糸田で、待ち時間にピアノを弾いていた君の姿を、私は何度も見ています。あの時の君の姿が、今も目に浮かびます。
魚釣りやイカ釣りにも出かけましたね。ご家族と一緒に過ごした時間もありました。
仕事を共にし、遊び、語り合った 30 年間。思い返せば、本当にたくさんの思い出があります。
ボブさん。
まだ一緒にやりたい仕事がありました。話したいことも、聞きたいことも、たくさんありました。
それなのに、君は突然、逝ってしまった。
寂しいよ、ボブさん。本当に、寂しい。
でも、君がいつも言ってくれた、「まだ、まだ、やれます」。
その言葉を私は忘れません。
ボブさん。30 年間、本当にありがとう。
君と出会い、共に仕事をし、共に過ごせたことに、心から感謝しています。
どうか、安らかに眠ってください。
ありがとう、ボブさん。
2026 年 10 月 10 日
ビジネス総研 大隈信夫