2026-06-22
大隈信夫
今月も給油のたびに価格表示に目がいく。
スーパーで買い物をしても、以前と同じように買っているつもりなのに、レジでの支払額は確実に増えている。
物価高は、今も私たちの暮らしに重くのしかかっている。
政府はガソリン補助金や消費税減税など、さまざまな対策を打ち出している。
しかし、その財源の多くは国債に依存している。
国民生活への支援はもちろん必要だが、将来への負担について十分な議論がなされないまま、目先の負担軽減ばかりが強調される姿には、国民の不満を和らげるための目くらましではないかとの思いが拭えない。
そして、その陰で憲法改正、防衛力強化、防衛装備品の輸出拡大、さらにはスパイ防止法の制定などが進められようとしている。
世界で唯一の戦争被爆国である日本は、本来、対話と外交による平和の実現にこそ力を尽くすべきではないだろうか。
しかし現実には、軍事力による抑止が語られる一方で、核兵器廃絶への積極的な姿勢は見えにくい。
私は、この国が少しずつ平和国家としての歩みを転換しようとしているように感じている。
それでも希望がないわけではない。
街頭で憲法を守れと声を上げる若者たち、ドラムを響かせながら平和を訴えるパレードに参加する若者たちの姿を見ることがある。
国の進路に疑問を抱き、自ら考え、自ら行動する若い世代がいる。
その姿に接すると、まだこの国の民主主義も平和への願いも生きているのだと感じる。
若者たちの声が広がっていくためにも、マスコミには期待したい。
権力の発信をそのまま伝えるだけではなく、その政策の背景や影響を掘り下げ、市民に判断材料を示すことこそ本来の役割ではないだろうか。
民主主義は、市民の関心と行動、そして権力を監視する健全な報道によって支えられる。
目の前の出来事に目を奪われるだけでなく、その向こうで何が進められているのかを見つめ続けたい。
そして、そのことを自由に語り合える社会であってほしいと思う。